東京高等裁判所 昭和41年(ツ)4号 判決 1966年7月28日
上告人・被控訴人・原告 大貫孝次
訴訟代理人 平原謙吉 外一名
被上告人・控訴人・被告 安藤昇治 外二名
訴訟代理人 北村勝
主文
一、原判決が、被上告人沢渡総一に対する上告人の請求中、金七万一、四六六円の支払を求める部分につき、上告人敗訴の判決をした部分を破棄する。
右部分についての被上告人沢渡総一の控訴を棄却する。
二、被上告人安藤昇治、同安藤芳次郎に対する各上告を棄却する。
三、被上告人沢渡総一の関係においては、訴訟費用は第一、二、三審を通じこれを五分し、その一を上告人の負担とし、その余を被上告人沢渡総一の負担とし、被上告人安藤昇治、同安藤芳次郎の関係においては、上告費用は、上告人の負担とする。
理由
上告理由について。
原判決は次の事実を確定している。すなわち、本件土地は、もと上告人の所有であつたが、上告人は昭和二七年一月三一日これを被上告人安藤昇治、同安藤芳次郎両名の先代亡安藤信太郎に、次いで安藤信太郎は同日これを被上告人沢渡総一に、それぞれ売渡し、その所有権は右各売買と同時に右各買主に移転した。右売買による所有権移転登記手続は昭和三一年六月三〇日に完了したが、右登記手続の完了前、本件土地台帳上の所有名義人になつていた上告人は、右土地についての、前記売渡の日の翌日である昭和二七年二月一日より昭和三一年一二月末日分までの固定資産税計金八万一、四八六円および昭和三一年度分都市計画税金一、五四一円を、それぞれ上告人主張の日に八王子市に納付したものである。しかして上告人の本件訴旨は、要するに、以上の事実関係に基き、「被上告人沢渡は、前記売買により爾後、本件土地の実質上の所有者となつたものであり、しかも右売買の以前から同地上に建物を所有して本件土地を使用して来たのであるから、当然、その所有権取得以後の固定資産税および都市計画税を負担すべき義務がある。また被上告人安藤昇治、同安藤芳次郎両名の先代亡安藤信太郎は、上告人との関係では、右土地の買主として、当然、買受後の固定資産税および都市計画税を負担すべき義務を負うに至つたものである。したがつて、被上告人沢渡、および右安藤信太郎の相続人である被上告人安藤昇治、同安藤芳次郎は、それぞれ上告人に対し、不当利得を原因として、前記上告人が納付した固定資産税および都市計画税と同額の金員並びにこれに対する右納付の日の翌日以降完済に至るまで年五分の割合による利息(但し、被上告人安藤昇治、同安藤芳次郎は、相続分に応じ右各金員の二分の一宛)を支払うべき義務がある。よつて上告人は被上告人らに対し、それぞれ右金員の支払を求めるため本訴に及んだ」というのである。これに対し原判決が、上告人指摘のような見解に立脚し、上告人と被上告人らとの関係においても、前記各地方税は、当該納税期間中における各年度の賦課期日たる一月一日現在に土地台帳上その所有名義人となつていた上告人が、これを負担すべきが当然である旨判示し、被上告人沢渡に対する請求の一部を認容しただけで、上告人のその余の請求をすべて棄却していることは、原判文上明らかである。
よつて先ず被上告人沢渡に対する関係について按ずるに、地方税法第三四三条第一項、第七〇二条第一項(昭和三五年法第一四号による改正前のもの、以下これに同じ)によれば、土地に対する固定資産税および都市計画税は、その所有者に課する(但し質権または一〇〇年より永い存続期間の定のある地上権の目的である土地については、固定資産税は、その質権者または地上権者に課する)ものと定められている。しかして右各法条の各第二項、第三五九条によれば、右にいう土地所有者とは、賦課期日である当該年度の初日の属する年の一月一日現在において土地台帳または土地補充課税台帳に所有者として登録されている者を指称するのであり、したがつてその結果、土地所有者に変動を生じながら登記手続を経なかつたため台帳に登録された所有名義人と実質上の所有者とが異なるに至つた場合は、賦課期日現在の台帳に登録された所有名義人が、右規定の適用により、所有者として納税義務者とされるわけである。しかしながら、このように法が台帳の所有名義人を納税義務者と定めたのは、徴税機関をして、一々実質的所有権の帰属者を調査させ、所有者の変動する毎にその所有期間に応じて税額を確定賦課させるようなことは、徴税事務を極めて複雑困難ならしめるものであることにかんがみ、集団的な徴税の事務処理の簡易明確を図るため、劃一的形式的に台帳上の所有名義人を所有者とした趣旨に外ならない。すなわち右規定は、徴税技術の便宜のため、単に徴税団体との関係において、何人が土地所有者したがつて納税義務者と目さるべきかを定めたものにすぎないのであつて、私人相互の内部関係において私法上何人がこれを負担すべきかは、右規定の定めるところではなく、右規定を参酌しつつ、しかもこれとは別個に判断すべき事柄である。(税法上の納税義務者と私法上の納税義務負担者とか、必ずしも一致しないものであることは、例えば、地方税法第一〇条の二、現行国税通則法第九条の規定と民法第二五三条第一項の規定とを対照してみても、容易に首肯できるところである)。ひるがえつて思うに、元来地方税法が、土地に対しての固定資産税および都市計画税を設けている主たる根拠は、土地所有者が通常その土地に応ずる担税能力を具有するものと推認され、また土地所有者が、都市計画事業によつて増進される当該地方団体の一般的利益に当然均霑するものと認められることによるものとされている。それ故、右のように土地を所有する事実を基本として課されるこの種の租税は、前記のような徴税事務の技術的便宜の点を別にしては、これをもつて実質上の所有権を有しない単なる台帳上の所有名義人に負担させるべき合理的理由はなんら見出し難く、かかる租税を単なる台帳上の所有名義人に負担させ、実質上の所有者にその負担を免れさせるようなことは、当事者間の衡平と取引の通念に反すること明らかであるといわなければならない。それ故、上来説示した前記租税法規の立法趣旨および右租税の根拠、並びに衡平の観念と取引の通念を合せ考えるときは、結局、土地所有者に変動を生じ、台帳上の所有名義人と実質上の所有者とが異なるに至つた場合、その土地に対する固定資産税および都市計画税は、私人相互の関係においては、特別の合意等別段の事情のない限り、実質上の所有者がその所有期間に応じ日割をもつて、これを負担すべきであると解するのが相当である。ところで原判決の確定したところによれば、本件土地については、昭和二七年一月三一日に締結された前記各売買により、爾後、上告人は単なる台帳上の所有名義人にすぎず、被上告人沢渡においてその実質上の所有者となつたことが明らかであるから、右両者の関係においては、特別の合意等別段の事情のあつたことにつきなにも主張がない以上、その後の本件固定資産税および都市計画税は、前説示に照らし被上告人沢渡が負担すべき筋合であるといわなければならない。もつとも原判決は、本件土地の前記売買による所有権移転登記手続が遷延した原因は、上告人が前記売買契約締結後、右契約を合意解除したと称して安藤信太郎に対し、右土地の所有権移転登記手続を拒否したことによるのであつて、そのため土地台帳上の所有名義人の変更も遷延したものであるという事実を認定しているが、しかし右のような登記手続拒否の事実は、場合により売主である上告人に損害賠償義務を発生させる事由となることがあるのは格別、未だこれをもつて、実質上の所有者たる被上告人沢渡をして、前記固定資産税および都市計画税の負担を免れさせ、これを単なる台帳上の所有名義人にすぎない上告人をして負担させるのを相当と目すべき事由とするに足りない。されば原判決の確定した前記事実関係のもとにおいては、上告人は本来被上告人の負担すべき前記固定資産税および都市計画税合計金八万三、〇二七円を八王子市に納付し、これにより被上告人沢渡は、法律上の原因なくして上告人の損失において右と同額の利得をしたものというべきであり、しかも、右利得はそれが消滅したような事由については別段の主張がないから一応現存するものと解する外なく、したがつて上告人は被上告人沢渡に対し、不当利得を原因として右金額の償還を求め得るものといわなければならない。それ故原判決が、被上告人沢渡に対し右金員の支払を求める上告人の請求を認容した第一審判決のうち、金一万一、五六一円の請求に関する部分を除き、その余の金七万一、四六六円に関する部分を取消し、その部分の請求を棄却したのは、法律の解釈を誤つた違法があり、右違法は原判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、原判決は右限度において破棄を免れない。しかして、右部分については、原判決の確定した事実に基き裁判をなすに熟するから、自判すべきである。すなわち当裁判所は、第一審判決が右金七万一、四六六円の部分に関する上告人の被上告人沢渡に対する請求を認容したのは相当であつて、この部分に対する被上告人沢渡の控訴は理由がないので、これを棄却することとする。
次に被上告人安藤昇治、同安藤芳次郎の関係について按ずるに、本件土地に対する固定資産税および都市計画税は、私人相互の関係においては、右土地の実質上の所有者が負担すべきものであることは、さきに説示したとおりである。しかして原判決の確定した前記事実関係によれば、被上告人安藤昇治、同安藤芳次郎の両名の先代亡安藤信太郎は、昭和二七年一月三一日、本件土地を上告人から買受け一旦その所有権を取得したが、即日被上告人沢渡に対して、これを売渡しその所有権を移転したというのであるから、安藤信太郎は、本件土地について右昭和二七年一月三一日の一日だけ、これが実質上の所有者であつたにすぎない。ところで、上告人は、上告人が納付した本件土地に対する同年二月一日分以降の固定資産税等について、右は本来、安藤信太郎の負担すべきものであると主張しているのであるが、しかし右二月一日以降、安藤信太郎はもはや本件土地の実質上の所有者でなかつたのであるから、同人が右二月一日以降の分の固定資産税等を負担すべきいわれはないというべきである。上告人は、安藤信太郎が買主として、右売買契約以後の本件土地に対する固定資産税等を当然負担するに至つたものの如く主張しているが、私人相互の関係においては、土地に対する固定資産税等は、前説示のとおり実質上の所有者が負担すべきものであつて、たとえ一旦土地を買受けた者であつても、当事者間に特別の合意がない限り、その者がその後実質上の所有者でなくなつた時は、売主に対する関係においても、当然には、その後の分の固定資産税を負担すべき法律上の根拠はない。被上告人安藤昇治、同安藤芳次郎に対する上告人の本訴請求は、安藤信太郎が本件土地の実質上の所有者でなくなつた後の分の固定資産税等も、同人において負担すべき義務があることを前提とするものであるから、失当というの外ない。それ故、原判決が被上告人安藤昇治、同安藤芳次郎に対する上告人の本訴請求を棄却したのは結局相当であつて、上告人の主張は理由がない。被上告人安藤昇治、同安藤芳次郎に対する本件上告は理由がないから、棄却すべきである。
なお上告人の請求中、利息損害金に関する部分は上告の対象になつていないから、この部分については判断の要を見ない。
以上説示のとおりであるから、上告審での訴訟費用の負担については、被上告人沢渡に関しては民事訴訟法第八九条、第九二条、第九六条を、被上告人安藤昇治、同安藤芳次郎に関しては同法第八九条、第九五条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 土井王明 裁判官 兼築義春 裁判官 矢ケ崎武勝)
上告理由書
第一点原判決は法令の解釈を誤り判決に影響を及ぼすこと明らかな法令の違反がある原判決は固定資産の登記簿上の名義人が当該地方自治体に支払つた固定資産税について固定資産の実質上の所有者に対し支払つた税金の返還を請求することができる場合は当事者間の特約又は公平の理念に反すると認められる場合に限ると判示して上告人の本訴請求を棄却したがこれは法令の解釈を誤つたものである。
(1) 固定資産税は当該課税不動産に対する租税であるから納税義務者は本来その不動産の所有者である
このことは地方税法第三四三条第一項において「固定資産税は固定資産の所有者に課する」旨定めておることにより明らかである
しかし誰れが真実の所有者であるかを確定することの困難なことと当該年度の基準日の所有者をもつてその年度の納税義務者として劃一処理することが徴税上の便宜等の理由から同法同条第二項において公簿上の所有者をもつて同条第一項に言う所有者と疑制したものである
本来固定資産税は固定資産そのものの負担であるから当該固定資産を事実上所有していたものが負担すべきであつて形式的な公簿上の所有者が負担すべきものでは無い
公簿上の所有者に所有権がないときは右所有者は支払つた固定資産税について所有権者に対し右金員の返還を請求し得るべきものである
即ち所有者は法律上の原因なく他人の出捐において本来自己が負担すべき税金の支払を免かれたのであるから納税額を不当利得したものである
公簿上の所有者が納税額について所有権者に請求することを禁じた法律規則は無いのみか斯く考えることが公平の理念にも合致する
(2) 更に課税対象となつた不動産は上告人買受以前から被上告人沢渡総一所有の建物が存在し上告人買受け後に安藤信太郎に売渡し、同人が次いで被上告人沢渡総一に売渡した際まで右沢渡が占有使用しておつたものであるから地方税法第三四三条第四項の精神並公平の理念から考えても被上告人等が最終的に負担すべき義務である
(3) 訴外安藤信太郎は本件土地を上告人より買受けと同時に被上告人沢渡総一に売渡したが土地登記簿上は上告人所有の儘になつておつたのであるから右安藤は本件土地を被上告人沢渡に売渡後も上告人が納税義務を解かれるまでは上告人との売買契約の買主として買受け後納税額を負担すべき義務がある
被上告人安藤昇治同安藤芳次郎は右義務を承継したものである
(4) 被上告人沢渡は本件納税金についての所有権者として被上告人安藤昇治同安藤芳次郎は買主としての義務として本件納税金を支払うべき義務がある
(5) よつて原判決は法令の解釈を誤り原判決に影響を及ぼすこと明らかと信ずるので原判決の取消しを求めるため上告した次第である